2006/06/19

さるかに合戦では,蟹が柿をぶつけられて大怪我をしている。それを悲しむ子蟹に同情して,いろいろなキャラクターが登場するのだが,その中に栗がいる。

それはおかしくないか。

柿はひとつのアイテムとして猿が蟹に投げつけるのだが,栗は人格を持つキャラクターとして描かれているのはなぜだろう。「桃栗三年柿八年」という言葉から推測すると,栗は4年目以降から自我を持ち始めるのかもしれない。

というより,うんこですらキャラクターとして登場するのに,親蟹にはなにかというと「ハサミでちょん切るぞ」と脅され,猿にはパクパク食べられてしまう柿がかわいそうでならない。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

優の母さんからミクシイ経由で飛んで参りましたm(__)m

この、サルカニ合戦。ブログ読むまで私の記憶から消え去ってましたが、改めて読んでみると、なるほど、まけいぬさんの言うように柿が可哀想でなりませんね。。。

すると、柿は9年目から新たな展開を見せるのでしょうか。。。
奥深いです。

まけいぬ さんのコメント...

書き込みありがとうございます。

昔話には意外にシュールなものがいっぱいありますよね。
例えばシンデレラのラストではシンデレラのお姉さんが,ガラスの靴に合うように自分の足を切り刻んでしまったりとか。しかも元々はロシア語で書かれた物語で,原語ではガラスの靴ではなく,毛皮の靴だったとか。

いつもくだらないことばかり書いていますが,これは珍しく本当のお話です。

Kuribo さんのコメント...

はじめまして、クリボウといいます。

> 柿はひとつのアイテムとして
> 栗は人格を持つキャラクターとして

ディズニー映画の、プルートとグーフィーの扱いの違いにも似ていますね。